以前甲南医療センターの自殺のニュースを見て、自分自身としても共感できるところもあり、どうしてこのようなことが生じてしまうのかをずっと考えていた。そんな中で先日に「高学歴モンスター 一流大学卒の迷惑な人たち 著 片田 珠美」を手に取った際に、甲南医療センターの問題に当てはまる項目が多いと感じた。
著書の中で高学歴モンスターとは過去の成功体験から特権意識を背景に他社に対する想像力と共感が欠如し、またリスクに対する状況判断が甘く、自己の正当化のために現実否認や責任転嫁を行う存在を指している。
甲南医療センターでの労災問題におけると過去の成功体験からの特権意識は院長や病院幹部の状況に他ならない。病院長や病院幹部らは激務の期間をへて現在の地位に至る(そうでない人もいると思うが)ため、激務をこなすことが引いては医師としての地位に寄与すると考えていることが前提にあるのだろう。多くの急性期病院においてはこのような考え方をする医師は多い。それゆえに研修医や専攻医の労働環境が問題になったときにも平気で「昔の方がもっと働かなければならなかった。今の方が楽になったのだからこんなことで文句をいうな。」ということをいう人もいる。
自分が通った道だから、他の人も同じ経験しなければならないという考え自体が、想像力の欠如といわぜる得ない。そして多くの医師が受験競争を勝ち抜き、そのまま医師になる場合が多く、医師のあり方については固定化した考えをもつ人も多く、医師としてこうあるべきという考えが、想像力の欠如につながっている。
過去にも医師の過重労働に伴う労災は報告は多くあったが、個人の問題にされており、労働環境を鑑みない点では状況判断が甘いと言わざるを得ない。甲南医療センターでの労災問題においては病院側は長時間労働ではなく自己研鑽と考えると表明しているが、これは自己の正当化および現実否認や責任転嫁にほかならない。
今後、働き方改革により労働上限が制限されるが、労働時間の問題だけではこのような問題は解決されないだろう(そもそも長時間労働しないと医師として実力がつかないという説明が不合理の可能性が高いが、そのこと自体は言及されていない。)
今回の著書においては最後にこのような高学歴モンスターへの処方箋として①観察・分析②意地悪な見方をする③客観的証拠を残す➃無視する⑤自分の欲望を見極めるとしている。
②意地悪な見方をするというのは使えるものの、現実的な労働環境の改善には繋がりにくいだろう。具体的には多くの研修病院では症例数が多いということを研修病院として売りにしている。これは多くの症例数を経験することは医師としての能力を高めるということを言っているが、意地悪な見方においては病院側からすれば専攻医や研修医といった安い労働力で多く働いてもらう方が経営的には望ましいという考えでも見て取れる。現実的に症例数をこなしたとしても教育的な環境や休息がなければ能力の向上につながらないのは当たり前である。
個人的には⑤個人の欲望を見極め、④無視するほかないといったことが解決策にほかなれない。具体的には辞めることが一番であるが、多くの場合において辞めることが難しいのも事実である。実際言われる医師のあり方のようなルートから外れるとドロップ医師などと言われたりもする。
自分の経験においても辞めるとなると非常に手続きが煩雑である。面談を繰り返すが、そのたびに残るように慰留されたり、医師として成長しないなどと言われる。個人的には医師としてのあり方は多様であり、医師として成長しないという言葉は一面的な医師像に基づいている他なく、それぞれの成長の仕方があると思っている。
実際、専攻医を労働力とないと成り立たない病院も多いため、病院経営者としてはどのように専攻医を確保するかは非常に重要な問題である。一方で専攻医も今回の問題やネット情報からこのような多忙な環境を望まない傾向は強く、真面目な考え方をする人がより過酷な環境で働かざる得ないようになっている。
その環境から逃れようとすると今の労働状況が成り立たなくなるといわれるかもしれないが、個人努力を強いる労働環境ではは遅かれ早かれ人はいなくなる。善意によるシステムはいずれは崩壊すると私自身は考えている。
システムが変わるまで待てる人は続けてもよいが、医師も一職業人に他ならないため、働き方が合わない場合にはいかにその環境から逃げるかを考えた方がいい。
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